Masukもしかしたら、わたしは少しでも楽になりたかったのかもしれない。
それはわたしのせいじゃないって。
言ってもらいたかったのかもしれない。
「ねぇ、麻菜ちゃん。ずっと気になっていたんだけど」幸さんに誘われて、初めて二人で職場近くのイタリアンに食事に行った時だった。幸さんが真剣に話を振ってきたのは。
「何ですか?」「麻菜ちゃんと秀平って昔何があったの?」
「んぐほっ!ごほっ、ごほっ!」
何を話すのかと思ったら、わたしと仲森さんのことだったなんて。予想外の質問に、思わずパスタを詰まらせてしまった。
「大丈夫?麻菜ちゃん」「ごほっ、はい……だ、大丈夫です」
「何かあったんでしょう。秀平と」
「い、いえ。何も……」
幸さんにはこう言ったものの、少し動揺してしまった。そして、彼女からの疑いの目が……痛い。
「私の勘だと……この前の歓迎会で出た秀平の過去に関わってるんじゃない?麻菜ちゃん」この人鋭すぎる。やっぱりその時にバレてしまったのだろうか。
顔に出してないつもりだったんだけど。
「秀平が庇ったって言ってた彼女って……麻菜ちゃんのことでしょう?」自分でもどうしてだか分からない。どうして幸さんに話してしまったのか。
「幸さんには本当のこと話しますね。わたしたちの過去……」あれは9年前。わたしが高1で、仲森さんが高3だった頃のこと。
その頃は、「仲森さん」じゃなくて「秀ちゃん」って呼んでいた。
秀ちゃんとわたしは、幼馴染でジョンのあの告白……それを前向きに考えることが出来たら、どれほど楽だろう。それが出来ないから、わたしはまた自分を縛ることしか出来ないんだ。わたしには誰かと付き合うなんて、考えられない。ダメなのは分かっていても……わたしの好きな人はたった一人しかいないから。「……はぁ」溜息を吐くと、ファイルらしき何かで背中を叩かれた。「そんな大きな溜息吐いて、シャキッとしろ、シャキッと」「て、店長……」仕事が終わり、帰ろうとしていた時だった。店長もちょうど帰り支度を済ませていて、わたしの後ろを歩いていたらしい。「せっかく明日の会議お前にも参加してもらおうと思ってるのに」「え?会議?会議って何のことです?」ジョンや仲森さんが会議の準備をしているのは知っていたけど。わたしには声がかかっていなかったはず。「実はせっかく本社の役員の人との会議だから、加藤を使わない手はないと思ってな」「えっと……」「じゃあ、明日よろしくな。詳しいことは仲森かジョンに聞いてくれ」「あの……店長……」「期待してるぞ、加藤」もう一度、ファイルでわたしの背中を叩いた店長。呑気に笑いながら、手を振って帰って行った。「……どうしよう」店長の姿が見えなくなって、わたしは困り果ててしまった。「断れなかったし……」本社の役員が来るってことは、会議は全て英語で行われるはず。
あの表情が頭から離れない。歓迎会の席で、昔の事故のことが話題になった時の……仲森さんのあの表情が。ひどく顔を歪ませ、苦しそうなあの表情が。もう仲森さんのそんな表情はみたくなかったのに。だから、もう会わないって決めたのに。どうしてまたこうなっちゃったんだろう。わたしは仲森さんの疫病神でしかないんだ……やっぱりわたしは、彼の傍にいてはいけない。早く離れないと。「はぁ……」離れないといけないのに、離れたくない。矛盾する思いがわたしを支配する。「まーな!一緒に帰ろう」仕事帰り、ちょうど百貨店を出たところでジョンに会った。ジョンは相変わらず、いつもみたいにヘラヘラ笑っている。「ジョン……」「麻菜ー!」思い切り抱きついてこようとしたジョンを、軽くかわした。「麻菜、ひどい……」「今、そんな気分じゃないの。悪いけど、放っておいて」ジョンがあまりにも辛そうな顔をするものだから、少し後悔。ちょっぴりきつく言いすぎたかな……?「……仲森さん」さっさと帰ろうとしたわたしの足を止めたのは。ジョンのこの言葉だった。「え?」「……と何かあったんでしょ?」「何かって……」「仲森さんと何があったの?」ジョンは前から疑っていた……わたしの仲森さんの関係を。
秀ちゃんの手術が終わったのは、5時間後のことだった。「先生!秀平は……秀平は……」「手術は無事成功しました」先生の言葉に、皆でホッと胸を撫でおろした。「あとは目を覚ますのを待つだけですが……」それからの先生の言葉は残酷なものだった。もしかしたら、秀ちゃんにとって命を落とすより残酷な言葉だったかもしれない。数日間、秀ちゃんは眠ったままだった。秀ちゃんをひき逃げした犯人は、40代の男性だった。しかもその人は、わたしをストーカーしていた人だと分かった。わたしを殺そうとした理由は、わたしが全く相手してくれないからというもの。そのストーカーのせいで、秀ちゃんは。秀ちゃんは……わたしのせいでこんな目に……苦しくて苦しくて仕方がなかった。目を覚ましたと連絡があったのは、1週間も後のことだった。「秀ちゃん!」病室を開けると、力ない姿の秀ちゃんがいた。「麻菜……」「秀ちゃん、ごめんね!わたしのせいでこんなことに……」「麻菜のせいじゃないよ。麻菜に怪我がなくて本当に良かった」秀ちゃんの言葉に涙が出そうになる。「そうじゃないの。ひき逃げ犯、わたしのストーカーだったの」「そっか。結構危ない奴だったんだな」「だから……っ、だからね。わたしのせいで……っ」「麻菜のせいじゃない。麻菜のせいじゃないから」秀ちゃんはわたしが泣きやむまで、ずっと頭を撫でていて
もう日も暮れている夜道。こうして秀ちゃんと手を繋いで歩いたのは何度目だろう。同じ学校に通えるのは、もう今年で終わり。それを考えると、こういう時間がとてもかけがえのないものになっている。「麻菜、最近はどうだ?」きっと秀ちゃんが言っているのは、ストーカーのこと。以前、誰かに付けられている気がして、秀ちゃんに相談したことがあった。わたしの気のせいかもしれないけど、気味が悪かったから。そうしたら、秀ちゃんは登下校は必ずわたしとするようになった。「うん。秀ちゃんと毎日一緒に登下校するようになってからは大丈夫みたい」「そっか。ならよかった」ストーカーにあってるかもと、怯えていた時。「俺が守ってやるから」そう言ってくれた時、すっごく格好良かった。何事もなく、家に到着して。家に入る前に、いつも優しくキスをしてくれる。こんな穏やかな日々がずっと続けばいい。そう思っていた。夏には秀ちゃんの3度目になる甲子園出場。もちろんレギュラーの秀ちゃんは、予選から大活躍だった。惜しくも決勝戦で敗れたものの、大健闘した秀ちゃんたち。それに、秀ちゃんはメディアでも騒がれるようになり、プロからもお誘いの声がかかるようになった。この時期になると、秀ちゃんは「天才ピッチャー」として騒がれるのが当たり前。そして、甲子園も終わり秋に入った頃のことだった。もうこの頃は、ストーカーのことなんてすっかり忘れていて。放課後に学校前のコンビニに行った時のことだった。お腹空いたと言っていた秀ちゃんのために、何かお菓子を買っていこうと思ったから。「一人では絶対に外に出ないこと」
もしかしたら、わたしは少しでも楽になりたかったのかもしれない。それはわたしのせいじゃないって。言ってもらいたかったのかもしれない。「ねぇ、麻菜ちゃん。ずっと気になっていたんだけど」幸さんに誘われて、初めて二人で職場近くのイタリアンに食事に行った時だった。幸さんが真剣に話を振ってきたのは。「何ですか?」「麻菜ちゃんと秀平って昔何があったの?」「んぐほっ!ごほっ、ごほっ!」何を話すのかと思ったら、わたしと仲森さんのことだったなんて。予想外の質問に、思わずパスタを詰まらせてしまった。「大丈夫?麻菜ちゃん」「ごほっ、はい……だ、大丈夫です」「何かあったんでしょう。秀平と」「い、いえ。何も……」幸さんにはこう言ったものの、少し動揺してしまった。そして、彼女からの疑いの目が……痛い。「私の勘だと……この前の歓迎会で出た秀平の過去に関わってるんじゃない?麻菜ちゃん」この人鋭すぎる。やっぱりその時にバレてしまったのだろうか。顔に出してないつもりだったんだけど。「秀平が庇ったって言ってた彼女って……麻菜ちゃんのことでしょう?」自分でもどうしてだか分からない。どうして幸さんに話してしまったのか。「幸さんには本当のこと話しますね。わたしたちの過去……」あれは9年前。わたしが高1で、仲森さんが高3だった頃のこと。その頃は、「仲森さん」じゃなくて「秀ちゃん」って呼んでいた。秀ちゃんとわたしは、幼馴染で
「麻菜、そろそろ行かないと遅刻するぞ」 ここに残っているのはわたしだけだと思っていたのに。誰かの声がしたと思ったら。やっぱり、仲森さんだった。 「仲森さん……も残ってたんですね」「ほら、早く」「あっ、はい……先行っててくれてよかったのに」 何故かわたしを待っていてくれた仲森さんに、ボソッと呟いた。二人きりになるの、なるべく避けていたのに。今回ばかりは、避けられそうにないかも。ここにはわたしたちしかいないから。 「麻菜、方向音痴だろ。迷って遅刻するのが目に見えてる」 さっき言ったこと、聞こえてたみたい。 「準備できたみたいだな。じゃあ、行くか」 こうして仲森さんの隣を歩くことなんて、もうないと思っていたのに。わたしは何をやっているんだろう。足を引きずりながら歩く仲森さんの隣で、わたしは昔のことを思い出していた。 「店長が言ってたのってここ」「へぇー、こんなところに居酒屋あったんですね」 やっぱり一人で来なくて正解だったかもと思った。わたしだけだったら、確実に辿りつけてなかった。中に入ると、もうすでに他の人たちは集まっていた。 「遅いぞー、二人ともー」 もうすでに店長は出来上がっているみたいだ。えっと……ジョンとわたしの歓迎会だったはず。 一応わたしも主役の一人なんだけど……何故かわたしが来る前に、始まっていたらしい。 「秀平ー、麻菜ちゃん。こっち空いてるわよ」 ひょいひょいっと手招きする幸さんの目の前に二人で座った。仲森さんの隣、か……。ここでもまたこうなっちゃうわけか。